大分の亀塚古墳と海洋文化

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大分市内の大在公共ふ頭近くで国道197号から少し丘に入ったところに亀塚古墳があります。大分県内で最大の古墳で、全長116メートルあります。5世紀のはじめごろつくられ、後円部は、三段階で長さ64メートルで高さが10メートルあります。頂上部は、竪穴式で二つの石棺がおさめられていました。二つの石棺は、同じ時期ではなく、主の石棺が5世紀前半で、副の石棺は、5世紀の後半と解説されていました。主の石棺のまわりには、大型船を描いた形象埴輪や家の形象埴輪がおかれ、交易や水軍を率いた王ではないかと注目されています。 

 亀塚古墳群とは別に5キロほど南下した海岸に全長90メートルの築山古墳群があります。これらは、国の遺跡とされています。亀塚古墳をつくった海部民(あまべのたみ)の首長が広大な海をとおしての力をもっていたことを示しています。宮崎県の西都原古墳群を含めて、鹿児島志布志湾の九州南部から九州北部の太平洋沿岸地域に海をとおしての交易のクニが存在していたことがみれるのです。

 古墳の一面には白い玉砂利が敷き詰められ、赤く塗られた家形や楯形の埴輪並べられていたのを復元復元しています。当時の古墳の威厳のすごさがはっきりと目に入ってきます。海に面した丘の上に古墳がつくられているところから海からの権力の大さをあらわしているとおもわれます。まさに、海を支配して、活発に交易をして、富を築いた首長の古墳ではないか。

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古墳に隣接した資料館では、地形や集落がみれます。150点以上の貴重な展示があります。船を描いた埴輪や人物埴輪、貝を加工した装飾品、鉄剣、勾玉(まがたま)、管玉(くだたま)などがみられます。










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