熊本の横井小楠記念館ー現代的学びの価値・大義を世界へー

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横井小楠は、明治維新のとき、東洋の精神を大切にし、大義を世界に求めた思想家です。現代的にも為政者、政治家のあり方として、学ぶことがたくさんある重要な問題提起をしています。まさに、横井小楠は熊本が生んだ偉大な思想家です。
 その思索の多くは、熊本城下から離れた寒村の沼山津からの発信でした。熊本市の中心街からは、市電の終点の健軍駅から歩いて、2キロのところにあります。今では横井小楠記念館として残されています。秋津川のほとりで、ちょっと探すのに難しいところにあります。熊本地震により、記念館は残っていますが、小楠が対談したり、思索した四時軒の建物は崩壊しています。



横井小楠は、肥後藩では、改革派であったゆえに、冷遇されました。生まれた家は150石です。家督を継ぐが、一時は時習館の寮長として抜擢されます。しかし、藩校を改革しようと、実践を大切にした学問を提唱して失脚します。その後、藩からの待遇はよくなかったのです。
 1855年に沼山津に45歳のとき転居します。福井藩に50歳のときに招かれます。1860年から1863年の3年間に重臣として藩主の相談役になりますが、攘夷派による暗殺事件に遭遇し、友を助けなかったということでの士道忘却事件として、閑居となり、再び、熊本の沼山津に帰るのです。


 横井小楠は、明治新政府の参与として、1868年4月に60歳で任命されます。そのときには、病状でありました。大政奉還後の政局については、議事院を建てる建白書を出しています。議事院は、上院に公卿と大名が一同に会し、下院は、広く天下の人材を挙用すればよいという案でした。新政府は、財政を重視し、刑法局を建て、海軍局を兵庫に建て、公明正大に百年の計として開港せよという内容であったのです。

 また、外国貿易にあたっての商法の整備を提案しています。公平なる貿易により、四海兄弟として、国際平和を幕末の開港時期に考えたのです。横井小楠は東洋文明の正道を明らかにしたのです。東洋の儒教思想から公共、公平、公正の大義を世界に求めているのです。ここには、東洋の思想から、私欲を排して、利害得失を度外視して、世界兄弟という平和思想を構築しているのです。

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 1866年にアメリカに留学する甥の左平太と太平二に送った言葉があります。
「堯舜(ぎょうしゅん)孔子の道を明らかにし、洋器械の術を尽くさば、なんぞ富国に止まらん、なんぞ強兵に止まらん、大義を四海に布かんのみ

 東洋の精神文明の道を明らかにし、西洋の科学知識、技術を身につけることであります。国民が豊かになり、国が強兵になるだけではなく、大義を世界に示し、平和を築いていくことですと、横井小楠はのべたのです。
 「心を逆らうこと有るも、人を尤(とが)むることなかれ、人を尤むれば徳を損ず、為さんと欲するところ有るも、心に正(さだ)むることなかれ、心に正むれば事を破る、君子も道は身を修むるに在れり」。



 自分に合わない人がいてもとがめてはいけない。人をとがめれば品性を落とすことになります。何かをしようと思っても相手に成果をあてにすることはいけない。成果をあてにすれば物事は失敗します。人格が立派な人になるには、自分自身の生き方、修養を積んでいくことです。

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  横井小楠は、西洋の学問は、事業の学であって、心德の学ではないとのべています。西洋の学問は事業をどんどんひらけるけど、心德の学がないので人情に関することがわからないのです。だから、交易の談判も事実をつめていくだけだから戦争となりますと。戦争になってもやはり事実をつめていって償金講和というようになるのです。
人情を知っていれば戦争を防ぐことになるのです。日本の政治を一新して、西洋へ普及すれば、世界の人情を通じて戦争をなくすこともできるのです。この古くて新しい政治は日本でこそ可能です。日本の仁の政治の重要性を世界に広めていく重要性をのべています。

 
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 横井小楠は気風の弊害についてものべています。人には気風というものがあり、一郷には一郷の気風があり、一藩には一藩の気風があり、坊主には坊主の気風があり、医者には医者の気風があります。人はみなこの気風にとらわれて物事を行うので、心を正大にして気風を除かねばなりません。学者はとくに一個の見解にとどまることを警戒しなければなりません。党派にとらわれずに人物才能だけによって人材を登用すれば、党派は自然に消滅します。


 心を大切にすることは、人の内面ばかりでなく、物質世界や国家社会の現実を考えていくことが大切であることを横井小楠はのべています。天人一体の考察は、もっぱら「性・命・道理」というように人の内面に関する規範のことばかりで、現実の天と人、すなわち物質世界や国家社会についての思考を欠いています。

 
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 学問での真理を探究していくことは、自分自身で徹底して思考することを小楠はのべています。格物とは世界中の物事の理を究めることです。これがすなわち思の仕事です。思は、一身の修養から天下の政治に至るまで、自分で思い、思ってもわからないときはじめて古人の説を参考にするのです。自己の全力をあげて思うことをしなければ、たとえ幾千巻の書物を読んでもみな帳面調べにすぎず、何の効果もありません。
 


 一冊の書物を読んだら本をなげうっても、もっぱら思い、思って生き詰まったら古人の書物を開けて、理を求める心が大切です。知ることと合点することは違うのです。合点することは書物を参考にして理を会得することです。理を自分のものにすることです。学問には思が最も大切なのです。人も思いは世界全体に及び、それをみな心のなかにとりこむことができます。以上にように、学問は、徹底して真理探究へと思うことであると横井小楠はのべているのです。

沼山津の観音堂の歴史
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 仁政の効用は、他を利することにあり、みな己を捨てて他を利しているわけです。利の一字は、自分のために使えば、不義になり、他人とために使えば仁になります。各国とも自分の国を大事にする心があって他人のことを心底から思いやる気持ちをもっておりませんから、公平無私の天理に従うというわけにはいかないのす。みな人類なのですから、公正かつ盛大に交通貿易を行うのが今日の自然の理です。横井小楠は仁政の効用を強調したのです。


 万国一体・四海兄弟の理は互いに交易をすれば必ず現れてくるのであろうか。そこには、公共の天理が必要なのです。蒸気船ができて地球上の端から端と隣り合っている自由自在に交通できる情勢で、日本だけが旧習を主張続ければ世界中を敵として滅亡しかねません。世界に乗り出すには、公共の天理をもって現在の国際紛争を解決してみせるという意気込みを持たなくてはなりません。単に勢力を張るだけのつもりであれば必ず後日の災害を招きます。世界平和のための横井小楠の主張です。

沼山津の神社

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 政治と学校

 横井小楠は、1852年に学校問答書を書いています。そこでは、政治を行うものに学問の重要性をのべています。政治にたずさわるための人材育成がうまくいかないのは、有用な人材を得るために、競いあうあまり、着実に自己の修養につとめることを忘れ、末梢的な政治技術に心を奪われて、政治を自分の利益のために使おうと、悪口を言い合い、学校が喧嘩の場になっていくのです。
 学問は、「己を修める」と「人を治める」ことの一致をはかることです。学校とは人倫の大綱を明らかにし、己を治める政治の原則を究め、自然の天理に従って、学術を一定にすることです。学校の風習がよくなるか悪くなるかは、教官次第です。識見不十分で心術も正しいかどうかわからないという状態で、どうやって人の才能を開発し、徳義を磨き風俗を正しくする任務を果たせましょうか。学校とは人倫の大綱を明らかにして、政治と学問を一体にすることを横井小楠はのべているのです。



横井小楠は、1860年に国是3論(富国論、強兵論、人・士道)を書いています。

 

 富国論では天地の機運に乗じて、世界万国の事情に従って、公共の道の政治を提起しています。善良な政治家は、政府の費用を切りつまて必要なところに回そうとします。悪逆な政治家は、民衆をしいたげ収奪して自分たちの費用とします。
 外国との正道は、信義を守って貿易を行い、利益をあげて収入を確保すれば主君は仁政を施すことができます。民間の産物を商人に売り渡す方法を改めて、産物を藩が買いあげて民に利益がまわるようにし、増産の意欲あるものに資金を貸し付けて、その産物を藩が買い上げ、代金のなかから返済するようにすれば民は非常にたすかるのです。また、新しい産物については、藩政府で実験し、実効あるものは、民に採用される、指導は親切にしなければならないとしています。


 藩政府は純益を公表して衆に示し、その全部を民の困窮を救うためとかその他の社会福祉的な事業に支出するということです。近年、通商交易が外国から要求があったために世間一般でははじめて交易というものがはじまったという誤解があります。交易とはもともと天地間のもっとも根元的な法則です。人を治めるものは人にやしなわれ、人をやしなうものは人を治めるというのも交易です。

 
 強兵論で、欧米の航海は貿易だけではなく、ときに軍艦を出して侵略略奪をひろげ、植民地を増やすことがあります。このためには、海軍を強大にするほか対策はないのです。
 

 人・士道で、今の人は、文武の本来の姿が心法にあるのだということを理解していない。文武が技術に堕しているのです。文武を学ぶ方法が根本から間違っています。士道は、慈愛、恭倹、公明、正大の心をもち、武道によってその心を鍛錬し、人の道を教え、至誠の心をもって部下を率い、あわれみの心をもって民衆を治めることにあるのです。

 引用した・参考にした文献:横井小楠「大義を世界に」日本の名著「佐久間象山・横井小楠」中央公論より

 横井小楠記念館の住所  〒861-2102 熊本市東区沼山津1-25-91








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