テーマ:ベトナム歴史文化の旅

チャンアン渓谷の船くだりと寺院

チャン アン渓谷は天然の要塞でベトナムが中国から独立した10世紀の王宮があったところで、その遺跡は大切に保存され世界遺産にもんなったところです。小舟に乗って渓谷の素晴らしい景色を見れると同時に古い寺院遺跡もみることができます。 丁朝時代966年から980前黎朝980から1009年時代の寺院遺跡です。  チャンアン渓谷の観光の…
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ベトナムナムデインのxuan hogn村の小学校と教会s

小学校の低学年は教室で昼寝が出来るようしています。教室の後ろに布団があり、机は開いて簡易ベッドになります 学校の遠方に教会がみえます。ベトナムのキリスト教は日本と同じ頃入ってきました。イエズス会も伝統をもっての従前の信仰との共存で、今もその伝統は生きており、仏教寺院や村のデイン神社と共存しています。 小学校に隣接した子ども図書館です…
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ベトナムナムデインのトンサー村の鋳金工芸

 ベトナムナムデインのトンサー村は鋳金工芸で有名なところです。17世紀末にクンという人が鋳金の指導をしました。 農業の兼業としてはじめたのですが、今は専業の職人としてなっています。銅像、宗教工芸品、観光地のシンボル工芸品、家具工芸品などに使われています。  鋳金の技術は非常に高くベトナム各地の寺院や博物館におかれています。…
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ベトナムニンビンの原生林

 ベトナムの人びとは、クックフォン国立公園を千年の森として親しみをもっています。CUC PHUONGはニンビン省にありますが、ホアビン省とタインホア省に挟まれた広大な自然環境を持っている山岳地域です。総面積2200ヘクタールの自然国立公園です。  国立公園にはエコツアーや環境教育センターがあり、ベトナム北部の自然生態系を学ぶた…
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ベトナム最初の世界遺産グエン朝王宮

 グエン皇帝がベトナム全土をフランスの援助で完全に統一したのが1802年で、それから1945年までの143年間の長きにわたり、ベトナム最後の王朝がおかれた宮殿です。ベトナム戦争で破壊された宮殿でしたが、現在はすっかり修復され、グエン王朝の宮殿遺跡として整備されています。  この宮殿には、ベトナムのフランス植民地の影の面もありま…
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ベトナムのナムディン省の木工集落

 ナムディン省でニンビン省に近接しているラスエン村と地元では言っています。今は1500件ぐらい木工をつくっているところがあります。昔は500件くらいでしたが、木工をやる人が大幅に増えています。木工の景気がベトナムの経済発展によって、よくなっているのです。自宅生産販売が380件、売り場専門の販売200件です。ネットより販売している…
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ベトナムのニンビンの石像づくりの職人集落

ベトナムの農村では、地域の素材を生かした農村工業の発展が盛んです。ここでは、職人が大活躍できる社会です。昔から農村工業として、職人の養成が地域で行われてきたのです。貧しい農村で、土地も十分にないベトナム北部では、手に職をもつことによって、生きていく道を探ったのです。ニンビン省は、ナムディン省の隣の省で、もともと同じ省で、人口が多いと…
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ダナンのリンウン寺の大観音と龍柱

 リンウン寺は、ソンチャ半島ある広大な敷地面積を誇る寺院です。巨大な観音様があるという寺院です。リンウン寺の本堂には、千手観音があります。千の手を持ちそれぞれの拳に一つずつ眼を持つとされることから千手千眼観音とも呼ばれます。  ダナンのリンウン寺の本堂の正門には、見事な迫力のある龍柱があります。お寺に龍柱があるので…
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ベトナム中部ダナンとフエの間のハイヴァン峠

 ダナンとフエの中間にあるハイヴァン峠は、歴史的に砦として大きな意味をもっていたところです。 ハイヴァン峠は、海につきさしたような地形ですので、常に霧がたちこめています。これが「海雲(ハイヴァン)」という地名になったほどです。グエン王朝がベトナム全体を統一する以前の歴史では、大越とチャンパ王国の境界になりました。 ハイヴァン…
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ベトナム中部のチャンパ国のミーソン遺跡

 チャンパ王国はベトナム中部から南部に存在した海洋交易国家で2世紀から17世紀に存在していました。ミーソン遺跡は内陸部に入った渓谷にありますが、チャンパ王国の聖地で宗教的な意味をもった地域です。ヒンズー教を信仰していた遺跡でチャンパ王国は8世紀に真言密教が入ってくると仏教と結合してのヒンズー教になり、二つの宗教…
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ベトナム中部のホイアンと朱印船等による大航海時代の日本

 ベトナム中部のホイアンは、戦国末期かあ徳川時代の初期にかけて、日本人が積極的に国際貿易をしていた大航海時代です。とくに、1604年から1635年の幕府が交付した 朱印船は、日本の国際的な交易活動にで重要な役割をしました。  朱印船の交付はベトナムが130通でトップです。インドシナ半島で237通で全体の67%です。その中心がホンアイの…
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ベトナムの独立のために日本へ留学ー ファン・ボイ・チャウとドンズー運動

   ベトナムの独立のために日本へ留学ー ファン・ボイ・チャウとドンズー運動を現代に評価することは、日本とベトナムの友好発展にとって大切なことです。1905年から1909年にかけて、トンズー運動がありました。これは、ファン・ボイ・チャウを中心に、過酷なフランス植民地支配からベトナムの独立を勝ち取るために日本への留学運動です。この留…
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ベトナム・ナムディンのバオ・ダップ村の造花と教会

 ナムディン日本語・日本文化学院の学生が郷土の産業をテーマに卒業論文を書いていますが、学生たちは、わたしたちを案内するときに、「にせものの花をつくっている村」と、日本語で表現していました。ベトナム語で直訳するとそのようになるというのですが、日本語では、にせもの生の花としてではなく、自然界の花を創作しているということです。…
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ベトナム・ナムディン・ヒゲーの盆栽村

 上記の写真は、100前に植えられた盆栽です。ヒゲー村は、紅河沿いにそった村ですが、10世紀初め頃から人が住みはじめていますが、盆栽がはじまったのは、トウ・チュン・トウが13世紀のはじめに盆栽を教えたことから、盆栽の村として発展してきたといわれます。非常に古い歴史をもった盆栽村で、盆栽自体も100年以上の歴史をもっているものが数…
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ベトナム・ナムディン・フォロン村の園芸農家

 ベトナムも経済発展により花がよく売れるようになっています。近年、専門的に花を大規模に栽培する園芸農がナムディンの農村にも生まれています。ここには、新しい近代的な栽培方法を取り入れているのも特徴です。この村は農村の生活整備がよくできている村です。ベトナム政府の勧める新農村計画運動の成果でもあります。  ここでは、環境問題からゴ…
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ベトナム・ナムディンの塩田

   ベトナムのナムディンの塩田は、ミネラルが豊富で、政府としても塩田の保護政策をしています。作り方は、砂のうえに、さらに、塩の結晶がつきやすいように、その性質をもった砂をまいていく。そして、濃くなった塩水を溝に流して、さらに、溜めて、人工的につくったほし場に濃くなった塩水をまいて、天日で乾かして塩にしていきます。自然を巧みに活用…
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ベトナム・ナムディンの子どもたちへのあめ細工

 ベトナムの子どもの日はお祭るが行われます。この日は屋台の店を出て、子ども連れの親子でにぎわいます。子ども達は、屋台でおめ細工を買うのが楽しみにしています。最も売れるのは、子ども日ですが、そればかりではなく、お祭りや、国の記念日には、よく売れます。あめ細工職人は、屋台道具を担いで、子ども達が集まる場に出かけていくのです。  あ…
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ベトナム・ナムディンの竹からつくる花器・食器・照明笠など

上記の写真の製品は、すべて竹を材料にしてできたものです。竹はナムディンではまにあわなくて、多くは、中部のタインホアから送られてきたものを買います。3ヶ月間に水に浸して、丈夫にして、そして、天日で乾かす。農家でつくり、それを会社組織のセンターに集めて、売れる商品にするように仕上げます。  かつては、協同組合の方式として、セン…
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ベトナム・ナムディンの家具と伝統の家をつくる村

 上記の写真は、展示品の家です。材木はラオスからの輸入です。ベトナムでは、家を建てる木材は極めて不足して、多くは、レンガつくりになっています。ベトナムの古来からの伝統的な木材の家を建てるには、ラオスが重要な木材の供給地になっています。  この家の価格は、ベット、机、テーブル、などの家具もあわせて一棟、3000千万円ということで…
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ベトナム農村の太鼓をつくる村

 太鼓をつくる村は、ハーナム省のドンソンのドイタムです。太鼓の胴面はハラミツの木でつくります。音色のよい木であるということから太鼓に適しているのです。胴面は、ただくりぬいているだけではなく、音質をよくすための工夫があるのです。また、太鼓をたたくところの鼓面は、水牛の革からとるのです。  水牛の革をなめすことから太鼓づくりを…
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ベトナム・ナムディン農村での帽子とござ・籠づくり

 ベトナムのナムディン地方の農村は、伝統的な工芸が盛んなところです。貧しかったことから農業だけでは生活できないということで、昔から農民達は、伝統工芸を発達させてきたのです。それを現代風にアレンジして、世界市場に対応できるように農民達は家内工業を工夫しているのです。今回は、帽子とかごづくりを紹介します。帽子は、市場に対…
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ベトナム中国国境ハザン省の茶生産を視察して

  ハザン省は中国との国境地帯の少数民族が居住する地域です。山岳地帯で棚田が延々と続き、天に棚田がそびえているようです。訪れた地域は、山に自然に自生しているお茶をつんで生計をたてています。急傾斜な地形から、お茶の原木から葉を選んで摘み取るのは厳しい労働であるとみられます。  村のまとめ役になっているお茶の工場に住民達がお茶の葉を持ち込…
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ベトナム戦争中部激戦跡地を訪ねて(ドンホイ周辺)

1965年4月にホーチミンルートの麓であったドンホイの町はアメリカ軍によって壊滅状況になります。今の市人口は10万人余です。町からみえる山岳地帯の向こう側はラオスです。住民は疎開しての生活を余儀なくされました。現在は、村全体が地下壕になっているところの跡地も戦争遺跡として保存されているのです。この跡地は、外国人を含み多くの観光客が…
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ベトナム・ナムディン地方への宮崎県と南九州大学の人材養成援助

   宮崎県・南九州大学は、ベトナム・ナムディン省政府と人材養成について協定を結びました。その協定の中心はは、農村の人材養成です。農業技術援助、環境農業・食品安全の加工の技術等です。ここには、宮崎県の生産法人も加わり、ベトナム農村への実践的な技術援助をしています。技能実習生制度を低賃金の安価な労働力としてではなく、日本語も2級、3級以…
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ベトナム・ナムディンの伝統絹織物

  ベトナム・ナムディン省のソンホン村での養蚕からの絹糸づくりまでの一貫生産の写真です。ここでは、それぞれ村のなかで、分業体制が確立されています。  伝統的工芸士の80歳を超すマイ氏元気に若い人たちを指導しています。彼によると、品質の向上は大切な課題ですが、時期と各農家によっても異なってくるといいます。その見分けは、工芸士とし…
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ベトナム北部ナムディンの伝統的な地域文化

 紅河デルタの李・陳朝時代に創建された寺院や皇帝廟などは、今も農民をはじめベトナム人にとってあつい信仰の対象になっています。下記の写真は陳朝の廟です。神仏混合文化は、日本の近代以前と同じでです。ナムディンにある陳朝廟や近くにある普明寺には、旧正月・テトに、全国から訪れ、めったにない自動車の渋滞にあうのです。  下記は普明寺…
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ベトナム人の独立のための抵抗意識の歴史

  紅河デルタは、ベトナム人の文化の多様性、独立心、共同性のこころを強くもっているところです。ベトナムが歴史的に中国から独立していくうえで、紅河デルタは大きな意味をもっています。ハノイを中心とするベトナム北部は、紅河デルタ地域に覆われていたからです。  ベトナム人にとっての河川との闘いは、食料生産を豊かにしてきたのです。それは、開…
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ベトナム・ナムディン地方のキリスト教文化

ベトナムのキリスト教は、1533年にポルトガル宣教師がナムディンで布教をはじめました。ファッジェム教会は、ナムディンとニンビンの境にところにあります。ベトナム文化の東洋的要素を加味した教会の建築物であります。西洋文化とベトナム文化が見事に融合されたものになっています。東洋文化の風水思想も取り入れてあります。ベトナム人の外来的文化の受け入…
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