国分中央高校裏の龍昌寺跡地の多様性文化

 龍昌寺跡地の墓地に津曲家先祖累代の墓がありますが、そこには、珍しい亀鈬墓と二体の龍柱を刻印した墓が建っています。亀の長さは80センチと大きなものです。そのうえに墓碑建立がされています。墓碑を亀が背負っているようになっています。儒教的的な墓の内容になっています。また、獅子座の珍しい墓もあります。さらに、戦前から戦後初期に農民解放運動に活躍して、戦後の社会党代議士会の会長のして、大臣を務めた富吉栄二の墓碑もあるのです。


画像


画像


 富吉栄二の生家は、襲の山郷に隣接している清水郷でありますが、先の祖累代の墓は国分中央高校裏の龍昌寺跡地になっています。龍昌寺の僧の墓も残っています。八角柱の碑文には、1629年にあたる元号の刻印があります。明治前半期の墓の台石には故人の人柄をしのばせる犬、ソロバン、旅行カバン、筆などを彫ったものがみられると国分郷土史に書かれていたが、それらの墓の確認ができなかった。じっくり見学しないと無理のようである。また、山の上で墓は整備がされてなく、雑草もしげっているところも多く、遺跡の確認も難しかった。


画像



画像


画像


画像

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

Y.M
2019年09月04日 21:52
はじめまして。
龍昌寺跡地を検索していたらこのブログにたどり着き、記事を読ませて頂きました。
私は最近ですが、旧国分市の歴史に興味があり、暇があれば色々オートバイで探索しております。
今日は仕事がオフだったので初めて当墓地を散策してみました。お盆後だった為か、頂上までの遊歩道の草も綺麗に刈られており、山頂まで登る事が出来ました。
そしたらなんとびっくり!びっしりとおびただしい量の昔のお墓が…
あまり詳しい事は分かりませんが、墓にしてはかなり大型の構造物(倉庫?沖縄風の墓?昔の火葬炉?納骨堂?)等もありました。色々調べたかったのですが、ヤブ蚊の歓迎(笑)が凄く、彼らのキスマークだらけになってしまったので、早めのおいとまとさせていただきました。
これからもちょくちょくブログを覗かせて下さい。
楽しみにしております。

この記事へのトラックバック