国分中央高校裏の龍昌寺跡地の多様性文化

 龍昌寺跡地の墓地に津曲家先祖累代の墓がありますが、そこには、珍しい亀鈬墓と二体の龍柱を刻印した墓が建っています。亀の長さは80センチと大きなものです。そのうえに墓碑建立がされています。墓碑を亀が背負っているようになっています。儒教的的な墓の内容になっています。また、獅子座の珍しい墓もあります。さらに、戦前から戦後初期に農民解放運動に活躍して、戦後の社会党代議士会の会長のして、大臣を務めた富吉栄二の墓碑もあるのです。


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 富吉栄二の生家は、襲の山郷に隣接している清水郷でありますが、先の祖累代の墓は国分中央高校裏の龍昌寺跡地になっています。龍昌寺の僧の墓も残っています。八角柱の碑文には、1629年にあたる元号の刻印があります。明治前半期の墓の台石には故人の人柄をしのばせる犬、ソロバン、旅行カバン、筆などを彫ったものがみられると国分郷土史に書かれていたが、それらの墓の確認ができなかった。じっくり見学しないと無理のようである。また、山の上で墓は整備がされてなく、雑草もしげっているところも多く、遺跡の確認も難しかった。


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