臼杵の磨崖仏

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臼杵の石仏群は、平安時代後期から鎌倉時代にかけて彫られた磨崖仏です。この磨崖仏は平成7年に国宝に指定されている貴重な文化財です。石仏の各尊は、人生のスタートから老年時代を表すと同時に、仏教の教えの自力本願への修行に至る過程を示しています。

 ホキ石仏第一群は、入り口から二番目の石仏です。ここには、如来三尊像が配置されています。

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 地蔵十王像。中尊に地蔵菩薩をすえ、左右に五体づつ十王を配しています。亡者の罪を裁き、救済する十王像です。普通は閻魔(えんま)大王が中心にすえられています。ここでは、地蔵さんになっています。死者の安寧を祈念しているのです。仏教では死後に極楽にいくか、地獄にいくのか裁かれというのです。生きている人間は、その日、その日に十王に現世の世界で犯した罪を裁かれているというのです。

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文化財の保存のために修復工事をやっているところです。

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 三王山石仏。中心に釈迦如来をすえ、脇尊に阿弥陀如来と薬師如来を配置しています。少年時代を表しています。

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 大日如来像を中心とする古園石仏、中心五仏が彫られている。平安後期の作

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 古園石仏のところに仁王像があります。かなり損傷を受けて、よくみないとわかりませんが、迫力をもったものです。
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 山王山神社の鳥居です。
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 国道から柴雲山満月寺の五院六坊をもつ石仏群の入り口に鳥居があります。神仏習合の石仏ということから神社があったとみられます。田んぼのなかにある鳥居ということから、この仏教寺院と神社が深田の里にあった大きな寺院施設であったのです。

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 石仏群の山間から向かいの丘の麓に満月寺が現在でもあります。この石仏群は、満月寺と神社が結びついた宗教的な修行の場であったとみられます。現在の満月寺には仁王像があります。 満月寺は、5つの院と6つの坊があったといわれます。それを総称して柴雲山満月寺といわれていました。

 現在の満月寺は、昭和25年に日本山妙法寺としてひとつの院の跡地に復興されたものです。満月寺は、大友宗麟時代に焼かれ、その後に復興されず、お堂だけが残ったということです。大正時代に京都大学が満月寺跡の石仏の研究がはじめられました。そして、文部大臣の視察、スエーデン皇太子視察、高松殿下等の皇室の石仏視察が行われ、社会的な関心が大正時代から昭和の初期に起きました。

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 満月寺にある宝筐(ほうきょう)印塔・日吉塔 昔は法華経を読んだ寺には必ずある塔です。地上4メートル40センチの大きな塔で,日本で最も高い宝筐(ほうきょう)印塔といわれます。13世紀後半につくられたということです。
 
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 満月寺のある崖の壁には三体の像があります。この像は、長者夫妻と蓮城法師といわれています。長者夫婦の要望で中国から蓮城法師を呼んで、五院六坊をたてたといわれています。しかし、誰がどのような目的でつくられたか、はっきりしないのが現状です。日本の仏教文化の解明として、臼杵の石仏の解明は大きな意味をもっているといわれます。

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この記事へのコメント

森谷まりん 赤川陽
2019年06月01日 19:03
臼杵磨崖仏

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