琉球王国の信仰文化と世界遺産

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琉球王国の聖地・斎場(せーふぁ)御嶽(うたぎ)です。近世以降の琉球王国によるノロ信仰による地域支配関係が強くあったとみられます。伝統的にあった集落のユタとは区別されるものです。琉球王国の尚真時代にアニミズム文化のエタを地域支配の手段にしたものです。ノロは琉球王国の神々と交流するとして、派遣されるのです。琉球王国の強固な精神的支配力としてのノロです。
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斎場の参道の途中からみる久高島の遠望の写真です。 神の島とよばれます。琉球を開いたアマミキヨが天から降りてきたところといわれ、島は五穀発祥の地ともいわれます。琉球王国の太陽の昇る東の空からのニライカナイの信仰という来訪神が強くみられます。御嶽という守護神と一体となった琉球王国の信仰です。

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 聖なる水を受ける壷

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 寄満(ユイイチ) 台所という意味ですが、ここで調理をしたのではなく、貿易によって世界の交易品が集まるという豊穣に満ちたてほしいと祈りの場であるのです。


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参道です。

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琉球王国の迎賓館である識名園です。

識名園の入り口
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池からみる御澱と六角堂の全景
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正門
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六角堂

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御殿(ウドゥン)

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 御殿の玄関にある柱を八分に曲げているということは、人生を8分までということで、ほどほどにという意味を建物を管理する案内人に聞きました。琉球王国の思想の一端ということです。

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庭園内の六角堂にいく途中の石橋
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 玉陵(タマ ウドゥン)は1501年に尚真の遺骨を改装するためにつくられたものです。ここでは、洗骨儀式が行われていたことがわかります。中室という遺骸をおく場所と洗骨後の遺骨をおく場所とにわかれています。祖先崇拝の強い文化をもった琉球王国の王と王妃の墓でした。石の彫刻には、超コックには忠告には

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歴代の琉球王府の陵墓です。墓室は3つにわかれています。中室は洗前の遺骸 西室は8人の限られた家族が葬られています。

 東室は洗骨後の王と王妃の遺骨

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 王墓のある石室の彫刻には、先祖崇拝,,来訪神と守護神という琉球神道と、仏教とが結びついていることがわかります。様々な信仰を取りれての先祖崇拝文化がみられるのです。


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首里城公園

守礼門
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園比屋武御嶽(そのひゃんうたき)

国王が各地を巡礼するときに必ず礼拝する琉球王国の聖地です。もともとは、広大な森のなかに御嶽があったのです。残されているのはほんの一部です。

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1502年に朝鮮王朝から贈られた方冊蔵経を納めるために建造されたといわれます。しかし、1609年の薩摩の侵攻によって、蔵経は焼け、円覚寺にあった弁才天像を移したことから名前がついたといわれます。
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円覚寺跡 仏教を大切にした琉球王国です。

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首里城の歓会門

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首里城の正殿

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竜柱 琉球王国を守護してくれるという竜の文化が強くあるのです。
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正殿屋根の竜

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正殿を守る竜

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